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生い立ち(その3)

「1年も居ればペラペラになるわよ」と、駐在中の人達に言われ続けて約半年。

ペラペラどころか、一向に英語が上達する気配が見られない4月の初旬。何とか集団生活に馴染もうと、地域のリトルリーグの入団テストを受けることになった。

テストは各チームの監督達が見守る中、合同でバッティングとフィールディングテストを行い、監督は気に入った選手のリストをリーグに提出し、競合がなければチームに参加するシステムである。

バージニア州のリトルリーグは、地域の企業がチームスポンサーになっていた。(例えば「Pizza Supreme」というピザのチェーンや「Mort's Bootery」という靴屋など等)。そしてメジャーリーグ同様に、A, AA, Majorとレベルが三段階あり(これも入団テストの結果、振り分けられる)、それぞれAmerican League, National Leagueに分かれ、4月中旬~7月までレギュラーシーズン21試合を戦う。そして、上位チームがプレイオフに進出し、優勝を決めるという仕組みだ。

更にすごいのが、開幕日は町中をブラスバンドと共にパレードし、Dsc00952_1 セレモニーを行う徹底振り。勿論、球場は全てリトルリーグ専用で内野も天然芝という日本では考えられない環境なのである。

そして、もっともっとエキサイティングなのは、その中から更にベストメンバーが選出され、そのチームがDistrict(地区)の代表として、選抜チームを構成する。

そんな素晴らしい環境で野球をしたことで、俺の英語力と交流関係が飛躍的に向上していったのである。学校生活ではなかなか活躍の場がない中、得意だった野球をプレイすることで、周りから認められ、学校以外の友達も増え、その結果英語力も身につくという相乗効果を生んだ。この頃から急にアメリカ生活をエンジョイできるようになったのは言うまでもない。

尚、リトルリーグでの戦績だが、’79年はチームは7勝14敗で最下位だったが、選抜チームに選ばれ、地区大会に参加したが、チームは一回戦で散る。Dsc00954

’80年は15勝6敗でリーグ2位でプレイオフ進出。プレイフフでは準決勝で敗れ、National League2位。投手として最多勝獲得。この年も選抜チームに選ばれ、地区大会では準優勝することができた。

この頃にまた、今も尚、家族ぐるみで付き合うことになる一生の友達とも出会うことになる・・・・・(続く)

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