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『会議の掟』

秋元康の「会議の掟」を知っていますか?仕事をしていると、くだらない会議がよくあるものですが(特にウチの会社)、これはまさに『眼から鱗(ウロコ)』。是非ご覧あれ&参考にしてみてはいかがでしょうか?

(1).資料の多さが会議をダメにする。

限られた時間の中で、活発な会議にしようと思ったら、資料は必要ない。資料が多すぎると、 読むだけに終わってしまう。また、資料を1ページ目から、丁寧に読んで説明する人がいるが、それは報告でも発表でもなく、朗読である。優秀な人は、あえて資料を配らず、聞いている人が、メモを取りたくなるような報告をする。(後で、資料を配るのは良い考えである)

(2).会議に批評家はいらない。

誰かの意見に対して、批評ばかりする人がいるが、大切なのは、自分の意見である。他人の意見の批評をする前に、「自分はこうしたい」という意見を表明すべきだ。「何がいけないのか?」の分析ではなく、「だから、こうすべきだ」という施策が、会議を前に進めるのである。

(3).「俺もそう思った」は、意見ではない。

誰かがいった意見に対して、「俺もそう思った」というのは、ジャンケンでいえば、"後出し"である。意見の形勢に合わせて、意見を変える人間は、陰でみんなに馬鹿にされていると思って間違いない。

(4).抽象的な意見なら、誰でもいえる。

会議で必要なのは、具体的な意見である。「インパクトのある企画」「ニーズに応えたもの」「現状を打破した新機軸」なんていうフレーズは、議事録にも残せないくらい無意味だ。誰もがわかっているようなことを、あえて発言するから、会議の時間が延びるのである。

(5).ペンディングは、次回の会議でも、きっとペンディングである。

結論が出にくい案件でも、とりあえずの結論を出すべきである。「もう一度考えよう」とペンディングにするのは、 "逃げ" である。もし、間違っていたら、後で修正するにせよ、暫定的な結論を出すことが、会議を開いた意義である。

(6).何も発言しないなら、部屋を出ろ!

当たり前のことだが、会議は少人数の方が効率的である。何も発言しないなら、ただ、いたずらに会議の出席者を増やしているだけで、邪魔である。会議に観客はいらない。

(7).耳が痛い意見ほど、役に立つ。

"良薬口に苦し" のように、誰もが聞きたくないようなシビアな意見ほど、会議で発表すべきである。上司の機嫌を取らないと、その人の評価が下がってしまうような会議なら、やめた方がいい。会議とは、無記名の意見を交換する場である。 有意義な会議になるか否かは、出席者の目的次第である。単に形式として、会議を開いたという記録がほしいのか? それとも、本当に、出席者たちの意見がほしいのか?その簡単な見分け方は、疲労度である。

長時間にわたる会議であろうと、活発な意見が交わされた有意義な会議は、意外に疲労度が少ないものである。逆に、短時間であろうと、それが形式的な報告や承認だけの会議は、終わった後にどっと疲れが来るものだ。人間は、自分が役にたっているという実感を "ご褒美" に、一所懸命働くものである。自分がいてもいなくても変わらないような "幽霊会議" 程つまらなく、疲れるものはない。

なるほど・・・・・。

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さよなら、我が実家

23年住み続けた実家が昨日の23日(日)、遂に人手に渡った。

人手に渡っただけなら良いのだが、近々取り壊される。

自分が育った家が永遠に無くなってしまうのは、涙がチョチョギでそうになるくらい、寂しいものなんだね。

23年前といえば、「花のアイドル83年組」と言われた松本伊代、中森明菜、堀ちえみ、早見優、石川秀美、シブガキ隊らがデビューした年。それくらいのことしか、この年のことが思い浮かばないのが情けない・・・・。と思いながら、何があったのかと調べてみると、東京ディズニーランド開園やファミリーコンピュータ発売開始、大韓航空撃墜事件など大きな出来事があった。また、流行語には「義理チョコ」「ニャンニャンする」などがあり、ベストセラーには「積木くずし」。更に今でも愛読している「島耕作」が始まった年で、その時俺は思春期真っ只中の中学3年生。

一番感慨深いのは、俺はこの家から学び舎に通い、社会人として成長したことかな。

徒歩20分の近所の中学・高校に通い、電車で2時間半の大学にも人よりちょっとだけ長く通った。そして結婚するまで3年間、社会人として、バブルに散った臨海副都心近くにも、この家から通い続けた。

そしてまた、寂しいからなのか?この家でみた様々な「涙」が走馬灯のように甦る。

最愛のネコが釣ってきた魚で中毒死をした時のオヤジの涙。二度目の留年が決まった時のオヤジの怒りの涙。おばあちゃん(オフクロの母)が我が家で永眠した時のオヤジの涙。「俺はもう1ヶ月しか生きられない」と兄貴と俺に宣告した時のオヤジの涙。オヤジの死で冷静さを失ったオフクロの涙。兄貴の離○が決まった時のオフクロの涙・・・・。

寂し過ぎてか、この家の楽しかった思い出が浮かんでこない。これまた寂しい限り・・・。

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俺の憧れのヒーロー

唐突だけど、私がこの世で最も崇拝するアスリートは何と言ってもBo Jacksonである。ハッキリ言って、こんなアスリートは見たことがない。トレーニング中に苦しくなると、Boの姿を思い浮かべると自然とパワーがみなぎってくる。それほど尊敬し、大好きなアスリートなのだ。

1985年にAuburn大学時にハイズマン賞受賞(全米大学協会のアメフト年間最優秀選手)。しかしNFLには行かず、86年にKansas City RoyalsMLBデビュー。

Auburns_bo

89年のMLB All Star Gameでは、バックスクリーンへの先頭打者ホームラン含む2安打1盗塁でMVP。同年NIKEのクロストレーニングキャンペーン「JUST DO IT.」のモデルに抜擢され、一躍脚光を浴びた。今でも社内では伝説の「Bo Knows」キャンペーンである。

88-89年シーズンは、MLBRoyals)、NFLRaiders)共にスターターとして大活躍。特に印象深いのが88年のMonday Night Football(全米で中継される月曜晩のベストゲーム)でのSeahawks戦。 左サイドのスイーププレイから次々にディフェンダーを抜き去り、Bojackson80ydsを独走したタッチダウンは現在でも語り草になっているスーパーランだ。

その完全無欠なスーパーアスリートも、91年のCincinnati Bengals 戦での左臀部負傷。人工骨を移植しなければならないほどの重症で、プロスポーツ選手としては致命的な長期入院を強いられる。しかし不屈の精神で地獄のリハビリを敢行。しかし更に悲劇が彼を襲う。そのリハビリ中に最愛の母を病気で失うのだ。そんな悲しみを乗り越え、93年にWhite Soxで奇跡の復活劇を演じる。復帰後の最初の打席でそれまでの苦労を吹っ飛ばすが如く特大のホームランを放つ。Bobaseball

94年に引退後、Boは何をしているかと言えば、シカゴ近郊でバイク屋を開業。アラバマにはNBAの名選手Chalers Barkleyと共にレストランを共同経営。また社会活動にも積極的に投資。スポーツ医療施設の代表を務めるながら、不営利団体で少年少女育成施設「Health South Corporation」を設立。プロスポーツ界からは全く姿をけし、ボランティア活動に忙しい日々を送っているらしい。.

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自己鍛錬

精神的弱さ克服の為、長男・ランが毎朝走ると言い出した。何かを毎日欠かさず何かを行うことで、弱い自分に「克つ」為に。それも自発的に。見上げた根性ではないか。

事の発端は、先日の空手の大会・組手の部。

昨年の覇者がなんと、一回戦負け。

午前の型大会の疲労から、肉体的にも精神的にも戦意喪失してしまい、あっけなく敗れ去った。

で・・・、勿論・・・・、同じく精神的に弱い俺自身も・・・・、一緒に走ることにしたのだった。

今日はその3日目。

・火は近くの公園までジョギングし、途中の坂は猛ダッシュ、階段ではニーアップ、地面がタイル状の道路ではクイックステップと瞬発系のトレーニングをこなした。

今朝はそのメニュープラス、公園でのスピードトレーニングも加えることにした。ラグビーボールとコーン持参で・・・・。

特に最近暖かくなってきたこともあって、早朝の公園は結構、ジョギングしたり、散歩したり、犬を連れてたりで賑わっている。そんな中、「巨人の星」チックなトレーニングをしていると、注目の的なのである。

今後の課題は、雨の日はどうするのか?俺が出張の時はどうするのか?・・・・体調が悪い時は?などなど。

とにかく出来るだけ一緒に続けていきたいと思う。

なんてったって、ランよりも俺の方が精神的に弱いんだから・・・・・。

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我が家のダークホース

「ダークホース」という言葉、知ってますか?

辞書を引くと・・・、『競馬用語。能力が未知数の競争馬、伏兵、穴馬を指す。そして、それが転じて、競争において番狂わせを起こしそうな存在を指す』・・・・とある。昨日、この言葉を身をもって解説してくれた一人の空手家が我が家にいた。

次男坊・ライト・5歳・白帯10級

空手を始めて1年弱の幼稚園児が生まれて始めて空手の型大会に出場しました。「1試合ぐらいは勝って欲しいね」と嫁さんと話しながら、いつものように試合開始2時間前に会場へ乗り込んだ。

長男・走(ラン・8歳)は、3年前のこの大会に初出場(当時年長)し敢闘賞受賞。翌年には初優勝とそのアスリート振りを発揮してきた。しかしこの次男坊はまあ、典型的な次男坊らしく、甘えん坊でおおらかななボケ系キャラ。兄貴同様にラグビー、空手を始めたものの、「練習に参加してくれさえばすれば合格!」・・・というレベルででしか考えていなかった。

見事初入賞を果たす快挙を演じてしまった。

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ちなみに、長男・走も落ち着いた戦いぶり。オール一本勝ちで2年ぶり2度目の優勝に輝いた。

まさにダークホースの出現だった。

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すると・・・・え?嘘?え?  えええええ~!!

とは言うものの、俺もこういう(負けず嫌いの)性格。大事な息子が恥をかく姿を見たくない。「体の軸がブレないように」「元気(声)を出す」という二言だけを何度も言い聞かせ、試合に送り出した。

さすがに準決勝は3年生に屈したが、トロフィーが係った3位決定戦でもランの同級生(緑帯)に堂々の勝利。もう一歩で「兄弟で決勝戦」という夢の対決は実現しなかったけど、

意外にも勝つワ、勝つワ、次々と勝ち進むこと勝ち進むこと。参加者35名のうち大多数が2~3年生で黄色帯(9級以上)の中、まだまだ幼児体系でお子チャマ声の白帯が勝ち進む。この躍進に場内からも次第にどよめきの声が・・・・。

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おひさのM坂D輔選手訪問

今日は久し振りに所沢でD輔くんに会って来た。

でも、ちょっと心配なことを発見しちゃったんだ。

太ってた。顔も下半身も。

あれでは「キレ」が心配。

新婚で、可愛いベビーも産まれ、多少はしょうがないのか?

ちなみに今夜は先発なんだけど、どうだったんだろう。

(サイトで速報を確認)

おおー・・・・なんだぁ、2-1でロッテに完投勝ちじゃないか。

5被安打13奪三振無四死球って、ほぼ完璧やん。

余計な心配だったワケね・・・・。良かったけど。

ちなみに、Fテレビで日曜夜9時54分くらいから放送している「アナザーヒーロー」っていう裏方さんを紹介するスポット番組があるんだけど、知ってます?

私、出る予定です。

D輔のグラブを企画開発した男として・・・・。ボツにならなきゃね。

なんせFテレビには前回の「すぽると」でやられたんで。

放映日はまたこのBlogで・・・・・。

D輔くんにも一応伝えたら、喜んでくれました。

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ラグビースクール(その4:父兄ヘッド就任)

4/9(日)快晴。

長男にとって5年目。次男にとって2年目のシーズンがスタートを迎えました。

毎年恒例の開校式では、「一歩前へ踏み出そう」というスローガンも発表され、新入生や新コーチも迎え、新しい1年の始まりです。Dsc00318  Dsc00320

・・・・ということで、 息子達も長年お世話になっていることの恩返しも兼て、我が家も一歩前へ踏み出して、年長さんの父兄ヘッドを引き受けました。とは言っても、実質嫁さんが全ての業務をこなしてくれているのだが・・・・。(俺がやったのは資料の印刷だけ)

父兄ヘッドとは、スクールからの様々な連絡事項をご父兄達に伝える、言わば連絡係。しかし、これがまあ意外と大変・・・・。色々な考えをもった人がいるからねぇ。

また、スポーツの習い事にはつきものだけど、父兄達には日替わりで当番のお仕事がある。その当番とは「駐禁の取締り」と救急道具・やかん等の「当番セット」の運搬・管理など。そうした仕事内容について、嫁さんが作成した資料をもとに、俺が皆さんにご説明することになった。

会社での仕事柄、こういう役目は大好き・・・な筈だった。しかし、一昨年の職務変更に伴い、大勢の前でプレゼンすることから2年程遠ざかっていた俺は、柄にもなく緊張してしまった。それどころか、説明内容を間違えてしまうという失態を演じてしまったのさ。(ああ、情けない・・・・)

もともと大勢の前で話すのは得意とはいえなかったんだけど、プロダクト企画の職について8年。そりゃーもう毎週のようにプレゼンをさせられ、かなり鍛えられたのだが、ちょっとやらないうちにこの有様とは、悲し過ぎるセンスの無さ。

人前で話す練習、またやります(涙)

チクショー、またチャンスくれ~。

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本業?NFLのお話(その1)

少しマニアックなNFL(米・アメリカンフットボールのプロリーグ)のお話でもしてみようかな。

私の本業?は、今までBlogで書いてきた野球でも、ラグビーでも、空手でもなく、実はアメリカンフットボールです。アメフト程面白いスポーツはこの世に存在しないと心底思っています。日本ではまだまだ文化として定着していないのは残念だけど・・・・・。

実は何を隠そう私は、日本で3誌しかないアメフト専門誌のひとつ、ベースボールマガジン社発行の「American Football Magazine」のライターを(不定期ですが)させてもらっています。また、ちょっと前になりますが、1998年にはSky Perfect TVNFL放送の解説者として、シーズン中は毎週生放送の解説をしていた経験もあるくらい、NFLには精通しているんです。

ただ、ここ2年程NFL仕事が皆無に近かった為、若干興味も遠ざかりかけていたのですが、あることをキッカケに、このオフシーズンから再び「お宅っぽく」隅々まで追っかけることにしました。

日本のプロ野球もそうだけど、NFLでもオフシーズンに色々なことが起こります。選手、コーチの契約更新、移籍問題、ドラフト。新聞や専門誌が取り上げる情報は、シーズン中のメジャーリーグやNBAバスケットボールを凌駕する程で、オフとは思えないくらい枚挙にいとまがありません。そしてそれを追っかけるのは死ぬほど楽しいのです。

そこで今回から数回に分けて、特にアメリカンフットボールという競技そのものの話ではないのですが、NFLを知る上で押さえておかなくてはならないリーグ構造の仕組みについて話していきます。

まずは、非常に細部までオーガナイズドされ、また、難しい難しい労使協定のお話です。(続く)

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空手道場(その2)

今でも忘れない初見学。

俺は空手の道場に入ったことも、その空気を嗅いだことも、それどころか「生」道着も初めてだった。そんなワケで、心拍数が急上昇するのを隠しながら、ランを連れてマンション2Fへ向かった。

「何か御用ですか?」と、いかにも育ちの良さそうな男の子が入り口で声をかけてくれた。ここの生徒さんらしい。「こんな可愛い顔して、空手出来るのかな」と思いながら、案内してもあって中に入ると、館長さんらしき優しそうな女性が座っていた。

「見学したいのですが」と言うと、「こちらへどうぞ」と案内パンフレットを渡され、道場端の席に案内された。今思えば、この可愛らしい人がナンシー久美さんだったのだが・・・・。

道場には小学校低学年くらいの白帯や黄色帯の子達がいた。稽古が始まる5分前だというのに、皆楽しそうに道場内を走り回っている。ん?想像と違う・・・・。なんだ?この楽しそうな雰囲気は?(俺はランをとことん鍛えて欲しいじゃー)と心で叫びながら、半分顔が引き攣りながら、彼らに笑顔を振りまいていた。

結局、思ったより厳くないことを肌で感じたのと、クラスの子供達が皆、育ちの良さそうな優しいお坊ちゃま風の子達だったので安心したらしく、ランは夏休み明けから入館することとになる。

この入門を機に、ランが色々な意味で大きく成長していくのであった。

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やっぱ強いゼ!魔裟斗

久し振りに魔裟斗の真髄をみた。

昨夜のK―1ワールドMAX世界一決定トーナメント開幕戦。3年振りのV奪回を目指す魔裟斗は、2R1分56秒、リトアニアの秒殺男・レミギウスにTKO勝ちした。

さすがにこの一戦だけは見逃すまいと、英語の社外研修を終えた俺は一目散に帰宅。試合開始直前で間に合った。

予想通り、いや、それ以上に序盤から壮絶な打ち合いで幕開け。2ラウンド中盤、魔裟斗の右前蹴りが左脇腹付近にヒットした瞬間、レミギウスは顔をゆがめながら後退。すかさず、右、左とひざ蹴りの連打。すると、相手陣営からタオルが投入され、レフェリーストップ。  

本当に久し振りに気持ちいいいKO勝ち。「反逆のカリスマ」らしく、今までのモヤモヤは一気に吹っ飛んだ。しかし、1ラウンドは危なかった。レミギウスの予想以上に速いワンツーや膝蹴りに、押されていたようにみえた。でも魔裟斗はワンチャンスを見逃さなかった完璧な勝利。

格闘技に影響されやすい俺。すかさず、腕立て、腹筋とトレーニングを始めたのは言うまでもない・・・・。

16日(日)は息子達の空手の大会。新3年生の長男・走(らん)は2年ぶりの型の優勝と2年連続の組み手優勝を目指す。年長に上がった次男・光(らいと)は型の大会初参戦。最近メキメキと上達してきているので、本番で今まで練習してきたことを思い切って表現してくれるといいのだが・・・・・。

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感無量。George Mckenzieのデビュー戦

やったね!我らがGeorge Mckenzie(城島健司)が魅せてくれた。

現地時間4月3日午後14時05分。メジャー初の日本人捕手として迎える歴史的瞬間を見逃すわけにはいかない。先週末の06年度草野球後の猛烈な全身筋肉痛にという逆境に鞭打ったJoh君用具開発担当者は5時半に気合の起床。Joh君と共に臨戦態勢に入ったのだった。

いきなり脱線するが、何より仕事始めの月曜日にも関わらず、あの観客数には改めて恐れ入った。平日月曜の2時だよ。平日の・・・。年度初めの・・・・(米国では関係ないか・・・) 改めて「メジャーリーグ=アメリカの文化=仕事より重要」という杞憂な構図を、目の当たりにしてしまった。確かに昨年シカゴに行った時も驚いたけど、平気で子供に学校を休ませて、何の罪悪感もなく意気揚々と平日の昼間に観戦に訪れる国民性には、ただただ脱帽するしかない。またそういう時間帯に試合を組むMLBにも「素直にアイムソーリー」。

さて、話は戻って、Joh君注目のデビュー戦。 初打席はショートゴロに倒れて迎えた第二打席。第一打席同様に積極的に初球の外角球を強振すると、打球は弾丸ライナーでライトスタンド最前列に吸い込まれた。なんとメジャー初ヒットがホームラン。

04年の松井稼頭央選手の開幕新人先頭打者初球ホームランという偉業にはかなわないけど、なんとも衝撃的なデビューなこと。しかも相手は昨年サイヤング賞のコローン。大きな自信になったに違いない。でもバットはM社製。

一方のリード面はというと、今回の失点をみてもまだまだ課題は多いのだろうけど、イニング毎に投手と対話し確認している姿を見ると、すぐ修正していくだろうし、投手からの信頼を得るのも早いでしょう。

最後にJoh君、レガースのパッド部の修正未解決、本当にゴメンね。もうすぐ送るからね。企画外手袋、本社の人間にみつからないでね。ミットは昨年度モデルを使ってたけど、まだ型が慣らしきれてないのかな?・・・・本人の活躍同様に、商品面での心配も尽きない開発担当者であった。 

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